王国の鍵 アーサーの月曜日(ガース・ニクス 作、原田勝 訳)
こちらは『サブリエル』と同じガース・ニクスの作品でも、もう少しライトな雰囲気の1冊。実はコロナ禍の状況を彷彿とさせる設定で、「睡眠ペスト」というインフルエンザのような謎の症状が蔓延する社会を描いています。何百年も前のペストがモチーフになっているから、なのです。
でも、主人公のアーサーはそんな現実世界と、もう一つの世界を行き来するのです。病弱なアーサーは、大家族と一緒に引っ越してきたばかり。新しい学校に登校し、喘息持ちで走れないと伝えたにも関わらず熱血先生に、みんなと一緒に走るよう命じられ、ランニングすることに。ところがやっぱり喘息が出てきて、息も絶え絶え……と思ったらそこへ不思議な人物が現れるのです。そして、手帳と不思議な時計の針を手に入れます。
この人物がやってきた世界は、人間のいる世界を第二世界と呼んでいます。で、マンデーというその人物の正体を知り、アーサーは第二世界を救うために立ち上がるのですが……。
ヌーンやダスクなど、端役まで描写が丁寧で、作り込まれた世界観に引き込まれます。これが「マンデー」に、異世界では長い時間経過しているのだけれど、現実世界では月曜のみに起こったできごと、というのがいいです。
結末はナルニアを彷彿とさせる感じ。
くまのパディントン(マイケル・ボンド 作、松岡享子 訳、ペギー・フォートナム 絵)
こんなにかわいかったんだ、としみじみ考えながら読みました。子どもの頃も読んだはずのパディントン。そのころは、パディントンがしでかす失敗にハラハラドキドキしながら読んだ気がするのですが、今読み返してみると本当に可愛い、失敗なんて言えないような失敗ばっかりで、周りの人だって誰も気にしていないし。子どものころのほうが一時が万事、おおげさに受け取りすぎていたのかも?
さしえもとっても愛らしいです。表紙の、上目遣いのパディントンがたまりません。そして、パディントンって名前に反して、ペルーからやってきたクマさんだったんだ。すっかり忘れていました。最初は敬語で遠慮がちなパディントンが、だんだん家族にうちとけて、一員となっていく過程を見守るのも楽しいです。
近所に住むグルーバーさんの「お十一時」にお呼ばれして、ココアといっしょに菓子パンを食べたり、おしゃべりしたりしている様子もすてき。
コヨーテのはなし(リー・ペック作、ヴァージニア・リー・バートン絵、安藤紀子訳)
もともと長崎出版で一部のお話が出版されていたのを、すべて翻訳して徳間書店から再出版したという形のようです。
もともとは1942年に出版された本ということもあり、挿絵(ちいさなおうちのイラストレーターの方)が昔懐かしい感じで、色使いもノスタルジックでいつまでも眺めていられそう。
アメリカ先住民にとっては、日本人にとってのキツネやたぬきのような、賢くてとんちのきいた動物がコヨーテ。ときには心やさしく、ときにはずる賢く、人間や動物をケムに巻いてしまうコヨーテの描写が魅力的です。
こうして毛の色に黒が混じりましたとか、こうしてオポッサムのしっぽはなくなりましたとか、色々なことを説明するために物語というのは生まれたのだなあということを感じられて楽しいです。
子どもにとっては昔話のようにすらすらと読めて、それでいて不思議な動物や植物に「なにこれ?」と興味を持ち、色々と調べるきっかけにもなるのではないかなと思いました。
サブリエル 冥界の扉(ガース・ニクス 作、原田勝 訳)
表紙の絵がすてきで、ずっと読みたいと思っていた作品。ようやく手に取りました。いわゆるダークファンタジーもの。あまりこういうのを読み慣れていない人には、とっつきにくいかもしれません(わたしも)。専門用語も多いし(ネクロマンサーってわかりますか?)、独特の世界が築かれているので。でも、3〜4章まで読み進んだら、もうとまらなくなります。そこまでは、初めて訪れた国の慣習をおさらいしているような感じで読んでいけばいいのだと思います。
サブリエルは魔法に満ち満ちた古王国出身ですが、隣のアンセルスティエールの寄宿学校に通っています。ようやく卒業のときを迎えたものの、古王国で最も力を持つ魔術師であるはずの父親、アブホーセンの身に何かよからぬことが起きたと知り、4歳のときに離れた古王国に入り、父の救出を試みるのですが……。
得体の知れないモゲット(下巻表紙のふわふわの白猫)、タッチストーンというこれまた得体の知れない男性と出会い、旅を続けるサブリエル。ファンタジーとして細かく作り込まれた世界観や面白さはもちろんのこと、サブリエル自身の成長や気持ちの揺れが丁寧に描かれていて、何度読んでも楽しめます。淡い恋愛要素もあり。
もちろんこれ自体は完結しているのですが、最後まで読むとどっぷりと古王国にはまってしまっているので、シリーズの続きが読みたくなること間違いなしです。
モルモット オルガの物語(マイケル・ポンド 作、おおつかのりこ 訳、いたやさとし 絵)
たんぽぽをムシャムシャ食べているモルモットのオルガがとってもかわいい、小学生向けの本。
ペットショップにいたモルモットのオルガ・ダ・ポルガはつくり話をするのがじょうずで、自分の生い立ちやモルモットの歴史についてあることないことを語ってきかせるのが趣味。ある日、女の子のいるおうちに連れていかれます。ペットショップとは違い、芝生が広がるおうちでひとりっきりの小屋をあたえられ、大喜びのオルガでしたが……。
パディントンシリーズで有名なマイケル・ポンドの作品。ねこのノエルやハリネズミのファンジオ、かめのグレアムなど、登場する動物たちがとっても愛らしく、会話が楽しいです。お嬢さんが飼っていたモルモットからヒントをえて書き上げたとか。裏表紙の著者近影もモルモットをだっこしている写真でした。
ユーモアたっぷりで、動物が大好きな子は目を輝かせながらページをめくると思います。挿絵もとってもかわいくて、モルモットのおはなとかおしりとか、魅力がたっぷりつまっています。
オルガシリーズは続編もあるみたいです。こちらはオルガが恋をする……??
ひとりひとりのやさしさ(ジャクリーン・ウッドソン 作、E.B.ルイス 絵、さくまゆみこ 訳)
ジャクリーン・ウッドソンの絵本、2冊持っています。
まだ子どもには早いのですが、わかるようになったらぜひ読んでもらいたいと思って。『ひとりひとりのやさしさ』は学校に転校してきた、ちょっとかわった女の子を、別の女の子の視点から描いた物語。
マヤという転校生の女の子は、他の子とはどこか違います。格好がみすぼらしいし、持っているおもちゃもボロボロのものばかり。
主人公のクローイは、マヤのことを「変」だと思って、笑いかけられても返事もしません。そっぽを向いてしまいます。そのあとも、お友だちと一緒になってマヤのことをからかったり、馬鹿にしたり。
ところが、ある日マヤは学校にこなくなって……。
「やさしさ」ってなんだろう。子どもだって頭ではわかっていても、なかなか行動に移せないときがあると思います。異質なものは排除しようとすることが、大人の世界ですらこんなにまかりとおっているのだから、子どもの世界で起きているのも当然です。
でも、小さな心がけでまわりの人の気持ちを軽くすることができる。笑顔のきっかけになることができる。
自分が小さいころにしてしまった、やさしくない行為を思い返して、胸がしめつけられるような気持ちになった絵本でした。
ウッドソンの絵本はそういうものが多くて、子どもには、多感な時期にぜひ読んでほしいと思っています。
アドリア海の奇跡(ジョアン・マヌエル・ジズベルト 作、宇野和美 訳、アルフォンソ・ルアーノ 絵)
時間を忘れてしまうようなファンタジーです。作者はスペイン(バルセロナ)の方。
ある日、ヨーロッパ一とうたわれる錬金術師ケレメンが修道院にやってきます。頼み事があるというのです。その頼み事とは、三つの箱をアドリア海まで運ぶこと。ただし、決して中身は見ないこと。ちょっと舌切りすずめの「つづら」とか浦島太郎みたいですね。
院長は困惑しますが、そのうちに修道院で預かっている身寄りのない男の子、マティアスにこの役目を果たしてもらうことにします。さぞ困ってしまい、おどおどするだろうと思いきや、マティアスは堂々とした態度を取り、二つ返事で承諾するのです。
このときのマティアスの心情はのちのち明らかになります。どれほど孤独を抱えていて、自分がこれからどうすればいいのかちっともわからないと思っていたかが、語られるのです。そして、秘密にしている生い立ちについても。修道院でも居場所がないと思っていたマティアスにとって、この任務は絶好のチャンスでした。
ケレメンにも、そして道中を邪魔しようとするさまざまな人々にも、それぞれ思惑があります。色々な人の思いや欲望がうずまき、結末まで突き進んでいきます。
マティアスと一緒にハラハラしたりドキドキしたり、不思議な光景に息を呑んだり。人生を変えてしまう冒険を目撃する楽しさは格別です。