わたしは、わたし(ジャクリーン・ウッドソン 作、さくまゆみこ 訳)

 日本で暮らしていると、あまり聞くことのない「証人保護プログラム」が題材となったお話です。Black Lives Matterについて知りたい方にもおすすめ。

 主人公のトスウィアはデンバーで暮らしていた元気な女の子。一歳上のお姉さんがいます。お父さんは警察官で、お母さんは学校の先生。周りには自分と同じような黒人はあまり暮らしていないけれど、それで不自由を感じたことはないようです。

 ところが、ある日お父さんが暗い顔で家族にこう告げます。仲間の警察官が、十五歳の男の子を殺すところを見てしまった、と……。

 仲間の警察官は白人、殺された男の子は黒人でした。男の子は両手を上げて立っていたにもかかわらず、黒人だから危ないと勘違いした警察官が発砲してしまったのです。その警察官らは、トスウィアもよく知っている人たちです。会えば必ず笑顔で挨拶してくれて、「調子はどうだい」と声をかけてくれる優しい人たち。

 まさか、こんなことが起きるなんて。お父さんのところには「一言でもしゃべったら殺す」と脅迫の電話がかかってくるようになります。でも、真実を話すことが何より大切だと信じているお父さんは、法廷で証言することを選ぶのです。

 これはトスウィアにとって何を意味するのか? 法廷で警察に不利になる事実を証言する代わりに、トスウィアの一家は証人保護プログラムに入ることになり、名前やバックグラウンドすべてを偽って、まったく違う街で暮らすことになります。

 違う名前で、違う人のふりをして、知っている人が一人もいない環境で新しい生活を始める。今までの友だちとはもう会えないし、おばあちゃんとも会えなくなる。

 トスウィアとお姉さんのキャメロンは、なかなかこの事実を受け入れることができず、葛藤します。そして、それはお父さんとお母さんも同じ。誇りに思っていた仕事を失い、日々ぼーっと過ごすお父さん。この変化にどうにか対応するために宗教に頼り始め、日本でいうところの「エホバの証人」にどっぷりと浸かっていくお母さん。

 お父さんは、正しいことをしたはずです。真実を告げ、男の子の潔白を晴らし、同じことが二度と起きないよう社会に警鐘を鳴らしたのです。でもそのために家族はばらばらになってしまった。今までの人生が砂の城のように崩れ去ってしまった。本当にそれでよかったの?

 トスウィアは何度も何度も、そう問いかけるようになります。真実や正義について考えさせられるお話です。