ねこと王さま(ニック・シャラット 作、市田泉 訳)

 かっわいい! ちょっとおとぼけ風味なイラストが目を引く作品です。表紙だけではなく、中にもイラストがたくさん(ほとんどすべてのページにイラスト入り)。ほのぼのした感じが作品の持ち味をよく表していると思います。目も口も「ちょんちょん」のシンプルな顔なのに、表情豊かでユーモラス。

ねこと王さま (児童書)

ねこと王さま (児童書)

 

 こちらは読書感想文全国コンクールの課題図書にも選ばれていたお話です(小学校中学年の部)。

 めしつかいがたくさんいて、自分では指一つ動かす必要のなかった王さま。ところがある日、お城にドラゴンがやってきて、お城をもやしてしまいます。めしつかいはこれにうんざりして、全員出て行ってしまい、残ったのは王さまと、友だちのねこだけ。住むところがなくなった王さまは「おしろ横丁」に建っている普通の家に引っ越すことを決めます。ねこは人間の言葉はしゃべれませんが、とてもかしこくて王さまの引っ越しを手伝ったり、一緒に買い物に行ったりと大活躍。

 自分では何もしたことがないから、最初はとまどってばかりの王さまでしたが、徐々に知り合いができたり、新しいことに挑戦したりと、変わっていく様子が描かれています。自分のことを「余」と呼んで、仰々しいことばかりするので笑っちゃうのですが、最後はほろり。

 そして巻末についているレシピで、おやつを作りたくなること間違いなしです!

 

 

賢女ひきいる魔法の旅は(ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 作、田中薫子 訳、佐竹美穂 絵)

 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ、実は子どもの頃にはそんなに読んだことがありません。ちょうどファンタジーをあまり読まなくなって、大人向けの小説ばかり読むようになった頃に色々と翻訳されていたんだと思います。そんなわけで、大人になってから読んだファンタジーでした。

 トールキンに師事していたということもあって、その面白さは別格。魅力的な登場人物、息もつかせぬ展開、最後のどんでん返しと、夢中になって読んでしまう作品ばかりです。『ハウル』はもちろん、魔法が出てくるお話ばかりで、思わず時間を忘れて読書に没頭してしまいます。

 この作品は、本当にすごく久しぶりに、本から顔を上げたとき自分がだれで、どこにいるのかわからないような感覚に陥りました。そのくらい面白かったのです。

 物語はこんなふう。

 北の島、スカアで賢女(原書ではWise Womenとなっています)として讃えられているベック叔母さんと暮らしている十二歳のエイリーン。本人も賢女になるための儀式を行うのだけれど、見事に失敗してしまい、落ち込んでいました。そこへスカアの大王からの使いがやってきて、十年前に東の島ログラの民にさらわれた大王の息子(皇子)を救出するたびに出ろとベック叔母さんとエイリーンに命令します。西の島バーニカ、南の島ガリスをめぐるうちに仲間は増え、皆でログラを目指すのですが……。

 でも、最初からおかしなことばかり。スカアの大王がベック叔母さんに旅の費用に使えと差し出したお財布には実は小石が詰まっているだけだったし、どうも大王はエイリーンたちに「生きて戻ってきてほしくないみたい」。いったい何が起こっているんだろう?

 

 落ちこぼれ(ではないんだけど、本人はそう思い込んでる)賢女のエイリーンが、度のパーティーを率いて大奮闘するお話。

 魔女じゃなくて賢女というのもすてきですよね! 予測もつかない展開で、最後まで読ませます。

 大人になってから読むと面白いのは、このお話自体が英国をモデルにしているんじゃないかと思われること。 たとえば、緑が美しいというバーニカはアイルランドがモデルになっているようで、登場する鳥の名前も「ミドリドリ」だったり、フィネン人とクーロッキーの人たちが何年にもわたって戦っていたりと(カトリックプロテスタントの戦い、いや、北アイルランドとを思わせる)、現実世界で起こったこと・起こっていることを思わせる描写。「英国へのラブレター」だと感想を綴っている読者もいて、なるほどと思いました。

 そして表紙のイラストにも見惚れてしまいます。色んな人が色んな表情をしていて、何が起こってるの?と好奇心がむくむく。読み進むにつれて、「これはこの人か、こういう事情でこういう顔してるのか」とわかるようになるのがまた楽しい。

 ダイアナ・ウィン・ジョーンズが「佐竹美穂さんの絵が(世界中のジョーンズの作品の装丁の中で)一番好き」とコメントしていたようですが、読者としてもそれがよくわかります。

お母さんはどんなお仕事をしているの? Mommies Work(Kristin Cowart Pierce)

 こちらはNetGalleyで発売前に読ませていただいた作品。イラストがとても特徴的です。表紙からもわかるとおり、とてもスタイリッシュ。絵本というよりは、ファッションイラストレーションのような感じです。

Mommies Work (English Edition)

Mommies Work (English Edition)

 

 作者のKristin Coward Pierceさんは子育てをしながら、PR会社のCEOも務めている人物とのこと(『Sex and the City』のサマンサのような感じかな?)。会社の従業員は全員女性のようで、同じように子育てされている方も多いのかもしれません。

 「Mommies can work in lots of places! (お母さんはいろんなところで働いている)」から始まる本書は、子どもと一緒にいないときにお母さんがどうやって働いているかを、きれいなイラストとともに見せてくれます。

 高層のオフィスビルディングで会議をしたり、犬のシャンプーをしたり、お医者さんとして患者さんを診察したり。バスや電車で仕事に行ったり、車を使ったり、飛行機で出張に出向いたり。

 でも仕事中も必ずあなた(子ども)のことを考えているんだよ、会いたいなと思っているんだよということを伝えてくれる本です。

 今は働くお母さんもかなり多いですから、お母さんが日中何をしているのか、話し合う手がかりになるかもしれません。

 イラストは、多人種が含まれるようにはなっているものの、ブロンドの白人女性多めかなという印象。わたしが子どもの頃も、こういう大人っぽい絵を見るのが好きだったなあ、文字が読めないのにピアノの先生のおうちに置いてある少女漫画を眺めていたなあとなつかしく思い出しました。

 

 

『戦火の馬』(マイケル・モーパーゴ 作、佐藤見果夢 訳)を読み返す

[著者]マイケル・モーパーゴ

[訳者]佐藤見果夢

[テーマ]戦争、人と動物の交流

 

 モーパーゴの作品を読んでいたら『戦火の馬』が読み返したくなりました。

戦火の馬

戦火の馬

 

 2011年(日本公開は2012年)には、スティーブン・スピルバーグ監督によって映画化もされた作品です。スピルバーグ監督は演劇作品となった本作の舞台を観て、映画化したくなったのだとか。

戦火の馬 (字幕版)

戦火の馬 (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 まず、主人公が馬。イギリスの農場で、アルバートという名の男の子に大事に大事に育てられた、美しい馬です。名前はジョーイ。ちょっと聞かん気で頑固なところがあるのだけれど、男の子はその性質も慈しみ、いつも話しかけて、兄弟のように育ちます。

 ところが、第一次世界大戦の足音が聞こえ始めていました。ある日、農場の運営に苦しむ男の子のお父さんは、ジョーイを軍隊に売ってしまいます。

 そのことを知ったアルバートはジョーイがいる場所まで追いかけていき、「ぼくを軍隊に入れて、ジョーイの世話をできるようにして」とその場にいた大尉にお願いするのですが、年齢的にアルバートが軍隊に入隊できるのは後数年してから。アルバートは泣く泣く、「必ずお前を探しに行くから」とジョーイに別れを告げます。

 ジョーイは優しいニコルズ大尉などとともにフランスへ渡り、戦争を経験します。人はもちろん、盟友となる馬との出会いもあり、フランスの農場で束の間の休息を味わったりもするのですが、戦争は長引き、兵士らは疲れ果て、いつしか招集される兵士の年齢もどんどん下がり……。

 戦争を描いた他の作品と一線を画しているのが、この「馬が主人公」という点。

 翻訳者の佐藤見果夢さんは、一人称の訳に大変悩んだと次のウェブサイトでお話していらっしゃいます。悩みに悩んで、「私」としたとのこと。立派に成長し、戦争下で歳を重ねていくジョーイが過去を振り返る物語。馬という賢く、どこか気品のある動物に「私」という一人称がぴったりだと、読者としても思います。すごく自然で、馬が主人公であるということへの違和感がまったくありません。

www.kodomo.gr.jp

 馬って、ヨーロッパやアメリカでは(田舎の方では)本当にたくさんいるから、子どもとのふれあいも多いのですね。馬が出てくる児童文学ってたくさんありますが、身近な存在なのだと思います。日本だと猫や犬くらいかなあ。

 『戦火の馬』ではイギリスがドイツと戦っていますが、どちらがいい、悪いという描き方はされません。ジョーイはドイツ軍の馬にもなるのですが、イギリス人もドイツ人も、一般の人は戦争などしたくはないのです。

 一時休戦中にドイツ兵とウェールズ兵がジョーイについて交わす会話がとても印象的です。

映画化が楽しみな『ケンスケの王国』(マイケル・モーパーゴ 作、佐藤見果夢 訳)

[著者]マイケル・モーパーゴ

[訳者]佐藤見果夢

[テーマ]冒険、成長、異文化との出会い

 

 マイケル・モーパーゴは特に戦争をテーマとした作品に定評があるイギリス人の児童文学作家。モーパーゴの作品は何冊も読んだのに、名作と名高いこちらは今まで手に取ったことがありませんでした。2019年に、『戦火の馬』に続き映画化が決定したとのニュースを知り、読んでみることに。

ケンスケの王国 (児童図書館・文学の部屋)
 

 物語の主人公はマイケルという男の子で、もうすぐ十二歳。時は一九八八年です。ちなみに、大人になったマイケルが過去を振り返るという形がとられています。「十年は黙っている約束だったけれど、すでに十年が過ぎたから」という最初のページからストーリーに惹きつけられます。

 マイケルは、母さん、父さん、マイケル、ステラ・アルトワ(犬)の四人家族。「父さん」より「母さん」が先にくることからも見てとれるように、どちらかというと母さんが中心的な存在の一家です。何かを決めるのは必ず母さん。幸せに過ごしていたのですが、ある日父さんと母さんが働いていたレンガ工場が閉鎖されることになり、二人は職を失います。失意のどん底にいた父さんですが、ある日ヨットを購入して、これで世界一周してみようと言い出します。

 母さんも乗り気で、航海士の資格をとり、船長になる気まんまん。ぼくとステラ・アルトワもウキウキしながらヨットに乗り込み、イギリスを出てスペイン、アフリカ、ブラジル、オーストラリアとさまざまな国を旅します。

 この旅の描写が本当にすてき! わたしはもう大人ですが、子どもの頃読んでいたら、それはそれはワクワクしただろうなと感じました。ヨットのそばをイルカの群れが通ったり、初めて訪れる国の海岸でサッカーを楽しんだり。

 そして、オーストラリア近海を進んでいたある日のこと。マイケルとステラは夜間にヨットから落ちてしまいます。もうだめだ、と思うのですが奇跡的に助かり、無人島に打ち上げられます。無人島にはオランウータンやテナガザルがいて、ジャングルが広がっています。しかし、実は人間も一人だけ住んでいることがわかるのです。それがケンスケ。おじいさんで、日本人のようですが、ずっとこの島で暮らしている風なのです。

 横井正一さんや小野田寛郎さんといった実在の人物のニュースをもとに、「今度は無人島の男の子の話を書いてほしい」というファンの男の子の手紙から着想を得て作られたお話ということです(訳者あとがきより)。

 戦争は直接登場しないものの、多くの人の心に残った傷が浮き彫りになり、その罪深さについて考えさせられます。

 映画は実写ではなくアニメだということです。実写では難しそうな描写もたくさんあるし、色鮮やかな無人島の自然はアニメの方が映えそうなので、それが正解かも。ケンスケの声は渡辺謙さん。堂々としていて感情によって七色に変化するような、舞台映えする声(容姿もですが)ですから、とても楽しみです。