ゴーストソング(スーザン・プライス 作、金原瑞人 訳)

 ゴーストドラム、ゴーストソング、ゴーストダンスの三部作の二作目です。『ゴーストドラム』があまりに面白くて、あっという間に読み終えてしまい、急いで『ゴーストソング』も読みました。

ゴーストソング (ゴーストシリーズ 2)

ゴーストソング (ゴーストシリーズ 2)

 

 世界観がすばらしくて、残酷な物語だというのに、いつまでもこの文章の間をたゆたっていたくなります。一ページ目からあっという間に魔法の世界へトリップ。

 体の芯まで冷えるような寒い日に、毛布にくるまって読みたい物語。

 この物語では、一作目の『ゴーストドラム』で悪役として登場したクズマに焦点が当たります。クズマは弟子を育てようと、奴隷に生まれた赤ちゃんをもらいにいくのですが、なんと父親に拒まれてしまうのです。

 生まれたばかりの赤ちゃんが愛おしく、どうしても手放したくない父親のマリュータ。クズマは必死で説得にかかります。奴隷として育てたって、悲しい運命が待ち受けているだけだ。魔法使いになったら何百年だって生きられる。優れた人物にしてやる、などなど。

 しかしマリュータは決して首を縦にはふりません。生まれたばかりの息子を深く深く愛しているからです。たとえ奴隷であっても、愛を注いで育てようと決心しています。そして、赤ちゃんに「アンブロージ(不死)」という名前をつけるのでした。

 前作で、チンギスのお話とクズマのお話が交互に登場したように、この作品も成長していくアンブロージのお話と、クズマの言うことに従わなかったために狼に変えられてしまった集落の人々が登場します。ゴツい顔に細い目、トナカイを追って生活している遊牧民ラップ人です。狼に変わる原因を作ってしまった男の子が、どうにか集落の人々を救おうと奮闘するというエピソードです。

 もちろん、スーザン・プライスは「めでたしめでたし」を用意するような作家ではありません。現実と同じように残酷な運命が善良な人々を待ち受けている。でも、目が離せない。

 最後には死者の世界、ゴーストワールドに続く道が登場します。誰もがみな、一度だけ旅するはずの道。

 アンブロージは、自分で選んだ人生を生きました。魔法使いにならなかったから、何百年と生きたわけではありません。クズマに比べたら本当に短い人生です。でも、愛されていたから、愛の記憶があったからこそ、満足のいくものだったはずです。父親が息子に捧げた愛が、氷のように冷たい土地を舞台とした物語をしっかりと照らしてくれているのがわかりました。

ページを繰る手が止まらなくなる『ゴーストドラム』(スーザン・プライス 作、金原瑞人 訳)

 こちら、同じタイトルで1990年代に福武書店から発売されていたのですが、2017年にクラウドソーシング式の出版社サウザンブックスから改めて出版となった一冊です。

 しかも、こちらは三部作の一作目なのですが、ありがたいことに三冊すべてが出版されました。続きが読みたいなあと思っていた元子ども・今大人もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。

ゴーストドラム (ゴーストシリーズ 1)

ゴーストドラム (ゴーストシリーズ 1)

 

 とにかく文章が美しくて、冒頭から物語の世界に引き込まれます。冬に読むのにぴったりかもしれません。寒い寒い、読んでいるだけで鼻の先が冷たくなってくるような、北欧をインスピレーション源とした世界のお話ですから。

 不思議な猫が語るというていで始まる物語、主人公は女の子です。奴隷の子として生まれながら赤ちゃんのときに魔女に引き取られ、魔女として育てられたチンギスという少女です。二人はスラヴ民話のバーバヤーガをモチーフとしている、にわとりの足が生えた家で暮らし、チンギスは魔法を学びます。

 やがて成長したチンギスは、育ての親である魔女との別れを経て、城に閉じ込められた王子サファを助けることになります。

 そこへ、悪い魔法使いのクズマが邪魔をしにやってきて……。

 

 という、いわゆる眠れる森の美女の性別を反対にして、残酷な要素をこれでもかと詰め込んだようなお話です。でも、とっても美しいのです。

 おとぎ話とは比べ物にならないくらいの美しさです。

 城の塔に閉じ込められたサファの息が詰まるような生活、おぞましい空間。

 ネット廃人のようにこっそりチンギスの動向をチェックして、邪魔してやろうと企んでいるクズマ。

 容赦なく、突然やってくる児童文学らしからぬいくつもの死。

 でもすべてが、すばらしい筆致で描かれていて、美しいと感じます。

 遠い遠い国を描いたファンタジーのようでいて、現代社会にぴったり合うような描写もいくつもあります。

 

 

 

 

 

弟の戦争(ロバート・ウェストール 作、原田勝 訳)

 湾岸戦争が起こっていたとき、わたしは幼稚園か小学校に通っていました。まだ小さい子どもで、戦争の意味もよくわからなかったと記憶しています。ある日、突然テレビやラジオのニュースで、クウェートイラクの様子が報道されるようになり、両親とバスに乗っているときに車内のニュース掲示板みたいなもので「湾岸戦争が〜」と目にする(というよりも、漢字も読めないので両親が話しているのを聞いていたのだと思いますが)ようになりました。

 テレビを通してでも、爆撃の音は恐ろしく、怖いと感じたことを覚えています。そんな湾岸戦争を題材にした作品です。  

弟の戦争

弟の戦争

 

 小学校六年生の教科書にものっているのですね!

 主人公「ぼく」の弟のフィギスは、不思議な男の子です。まるで動物や人間の心が読めるみたい。怪我をした動物や、苦痛を訴える難民の子どもの写真を見たりすると、何日も落ち込んでしまいます。そして、気持ちがよくわかると言わんばかりに、動物や子どもが感じていることを訴えてくるのです。

 今読むと、HSP(Highly Sensitive Person)みたいな感じかな?と思うのですが、ここから驚きの展開に。なんと、フィギスは突然不思議な言葉で寝言を言い出すのです。英語ではなく、アラビア語のような……。そして突然、「ぼくはイラクの少年兵だ」と主張し始めたのでした。

 「ぼく」はフィギスのことを心配するのはもちろん、遠い遠い国であるはずのイラクに思いを馳せるようになります。同年代の少年がイラクにもいて、学校に通ったりなんかせずに戦争に参加している。まったく違う人生です。

 このようなプロットを用いて戦争を読者の目の前に提示する、ウェストールは凄腕の作家だと改めて思います。

人とちがうあなたのままで大丈夫だと教えてくれる、『失敗図鑑』(大野正人 作)

 たしかKindle Unlimitedで目に入り、読んだ本です。子ども向けのノンフィクションで、本屋さんではどの辺に並んでいるんだろうとふと気になりました。伝記かな?  

 装丁の鮮やかな黄色も目を引きますし、いろんなひとが「アチャ〜」となっているイラストも楽しいですよね。

失敗図鑑 すごい人ほどダメだった!

失敗図鑑 すごい人ほどダメだった!

 

  色々な分野で世界を変えた偉人たち。でもその成功のかげにはいくつもの失敗があり、うまくいかなかったことやダメダメな部分が隠れているんだよ、と教えてくれる、「ちっとも道徳的ではない(ところがいい!)」ノンフィクションです。

 登場するのは夏目漱石ドストエフスキーピカソなどなど、多種多様。「成功したこと」ではなく「ダメダメだったところ」に焦点をあてているのが面白く、子どもはゲラゲラ笑いながら読み進めることができそうです。

 たとえば、過去の成功にしがみつき、現実を見つめることができなかったライト兄弟

 自国のフランスでは「イケてない」と言われたけれど、活躍の場をアメリカに移すことで認められ、有名デザイナーとなったココ・シャネル。狭い世界で過ごすのではなく、相手にする世界をどんどん広げてみましょう、その場所が見つかるまであきらめないで、というメッセージが記されています。

 現代の子がよく知っているかもしれないスティーブ・ジョブスのお話も。自分の失敗で会社を失ってしまっても、嘆いてばかりいるのではなく新しい居場所を作る(ジョブスはピクサーを作りました)ことがさらなるアイデアにつながったと書かれています。

 偉人とされている人にだって弱みはあったし、落ち込むことだってあった。ばかにされることもあったし、理解してもらえないことだってあった。そういう側面は、普通の伝記を読んでいるだけではなかなか見えてこないですから、より偉人たちを身近に感じることができそうです。「型にはまる必要なんてない!」とはげまされるのではないでしょうか。

 ここから興味を持った人を調べてみたり、その人が作りあげた作品を手に取ってみたりと、好奇心の源となりそうな本だと感じました。

わたしは、わたし(ジャクリーン・ウッドソン 作、さくまゆみこ 訳)

 日本で暮らしていると、あまり聞くことのない「証人保護プログラム」が題材となったお話です。Black Lives Matterについて知りたい方にもおすすめ。

 主人公のトスウィアはデンバーで暮らしていた元気な女の子。一歳上のお姉さんがいます。お父さんは警察官で、お母さんは学校の先生。周りには自分と同じような黒人はあまり暮らしていないけれど、それで不自由を感じたことはないようです。

 ところが、ある日お父さんが暗い顔で家族にこう告げます。仲間の警察官が、十五歳の男の子を殺すところを見てしまった、と……。

 仲間の警察官は白人、殺された男の子は黒人でした。男の子は両手を上げて立っていたにもかかわらず、黒人だから危ないと勘違いした警察官が発砲してしまったのです。その警察官らは、トスウィアもよく知っている人たちです。会えば必ず笑顔で挨拶してくれて、「調子はどうだい」と声をかけてくれる優しい人たち。

 まさか、こんなことが起きるなんて。お父さんのところには「一言でもしゃべったら殺す」と脅迫の電話がかかってくるようになります。でも、真実を話すことが何より大切だと信じているお父さんは、法廷で証言することを選ぶのです。

 これはトスウィアにとって何を意味するのか? 法廷で警察に不利になる事実を証言する代わりに、トスウィアの一家は証人保護プログラムに入ることになり、名前やバックグラウンドすべてを偽って、まったく違う街で暮らすことになります。

 違う名前で、違う人のふりをして、知っている人が一人もいない環境で新しい生活を始める。今までの友だちとはもう会えないし、おばあちゃんとも会えなくなる。

 トスウィアとお姉さんのキャメロンは、なかなかこの事実を受け入れることができず、葛藤します。そして、それはお父さんとお母さんも同じ。誇りに思っていた仕事を失い、日々ぼーっと過ごすお父さん。この変化にどうにか対応するために宗教に頼り始め、日本でいうところの「エホバの証人」にどっぷりと浸かっていくお母さん。

 お父さんは、正しいことをしたはずです。真実を告げ、男の子の潔白を晴らし、同じことが二度と起きないよう社会に警鐘を鳴らしたのです。でもそのために家族はばらばらになってしまった。今までの人生が砂の城のように崩れ去ってしまった。本当にそれでよかったの?

 トスウィアは何度も何度も、そう問いかけるようになります。真実や正義について考えさせられるお話です。

図書館にいたユニコーン(マイケル・モーパーゴ 作、おびかゆうこ 訳、ゲーリー・プライズ 絵)

 またまた、モーパーゴです。そういえば、こんな戦争の話もあったな、あんなのもあったなと思い出して、色々再読していました。

 こちらは「本」や「図書館」が出てくるので、特にお気に入りの一冊。

図書館にいたユニコーン (児童書)

図書館にいたユニコーン (児童書)

 

 小学校低学年向けで、文字も大きく読みやすいです。

 色鉛筆のイラスト(白黒)はとてもシンプルなのに、最初のページから「ここではない、異国」らしさを漂わせていて、どんなところだろう? 行ってみたい! と思わせます。

 小さな村で暮らしている「ぼく」はある日、母さんが用事を済ませる間、図書館で待っていることになります。図書館なんてつまんない、お話なんてたくさん、と思っていた「ぼく」ですが、図書館の中にあるユニコーンの置き物に目を奪われ、「ユニコーン先生」と子どもたちから呼ばれて親しまれている新しい司書さんが読み聞かせるユニコーンの物語のとりこになります。このシーン、イラストが幻想的ですてきです。

 しかし、村は戦争に巻き込まれることになります。「ぼく」は村のひとやユニコーン先生といっしょに、本を救おうとするのですが……。

 モーパーゴらしく戦争が描かれていますが、もう少し低学年向けということもあり、それほど踏み込んだ描写はありません。ユニコーンというモチーフが効果的に使用されていて、ストーリーテリングに感動します。

 

  ユニコーンの置き物は「お父さんが作ってくれたもの」とユニコーン先生が話すシーンがあるのですが、そこでふと『フラミンゴ・ボーイ』を思い出しました。こちらにはメリーゴーランドの乗り物(動物たち)を作るお父さんが登場していたからです。

フラミンゴボーイ (児童単行本)

フラミンゴボーイ (児童単行本)

 

 

 

 

 

子犬たちのあした(ミーガン・リクス 作、尾高薫 訳)

 地下鉄の構内で、さみしい瞳をしてこちらを見ているお母さん犬と子犬が心に残る想定の一冊。

子犬たちのあした: ロンドン大空襲 (児童書)

子犬たちのあした: ロンドン大空襲 (児童書)

 

 タイトルのとおり、第一次世界大戦が始まったころのイギリスを舞台にしています。主人公は、十二歳のエイミー。戦争に行くことになったお兄さんのジャックに飼い犬ミスティのお世話をたのまれるのですが、なんとドイツ軍の空襲にびっくりしたミスティは家から逃げ出してしまいます。お腹が大きく、もうすぐ子犬が生まれるところなのに……。どこを探してもミスティは見つからず、エイミーは落胆します。

 ところが実際は、ミスティは家からほど近い地下鉄の駅に逃げ込んでいて……

 ミスティの捜索がきっかけでエイミーと知り合いになった動物保護団体(ナルパック)のメンバーたちや、地下鉄で暮らしている元兵士のダニエルなど、いろいろな人が登場します。

 戦争の中でも動物たちを気にかけ、その安全を守るよう行動した人々がこんなにもいたのだという思いで胸が熱くなります。

 犬や猫が好きな人には特におすすめです。